吉夢通信
菊間月によせて・・・・・・。
ほんの少し前まで、残暑厳しかった毎日が、
うその様に、秋の風へと移り変わり、
路地には、真っ赤な彼岸花。
夏から客室係の子達を悩ませていた、首や帯周りのあせもも、
やっと完治して来たようで、ホッとしています。
節電の夏を、皆で乗り切り、
ご苦労様の心を込めた納涼会も、やらせて頂く事が出来、
本当に良かったと、感謝感謝です。
6名の新人さんも、お客様のお部屋までのご案内、
館内のご説明、10月からの衣替えに間に合うように、
只今、着物と奮闘中!!
2名の客室係の主任さんから、着付けのコツや、帯の締め方を習い、
段々一人前に育っております。
お客様から、時折どこから派遣を頼んで来たのか?等と、問われるほど、
自慢になりますが吉夢の客室係の子達は、若く皆可愛いい、私の大事な娘達です
「経営の神様」と謳われ、松下政経塾を立ち上げられた松下幸之助氏は、
現在の野田総理にも、きっと聞かれたと思いますが、
必ず、面接の折、「貴方には運があるか?」と、聞かれたと・・・。
以前読んだ松下氏を書いた書物に、
和歌山の裕福な家に生まれたにも、
父の米相場の失敗で家が没落、
学歴は、小学校4年で中退、
健康面でも、身体の弱いたちで、20歳ごろ肺せんカタルにかかり、
50歳頃まで、寝たり起きたりの生活を余儀なくされ、
「自分の人生のほとんどの部分が、運命によって決められていたのではないか」
「今思えば、運命というものを、自分なりに、あるいは自然のうちに、
前向きに生かしてきたのではないか」と、言われています。
財産が無かったので丁稚奉公に出て、幼いうちから身をもって商売を学び、
事業を始めてからも、お金が無かったから一歩々着実に計画を立て、
お金を生かして使う事が出来、
学問が無かった為、会社に入ってくる人が皆自分より偉く見え、
教えを素直に乞い、その事によって多くの知恵を集める事が出来、
健康面ですぐれなかった為に、若い人達に思い切って仕事を任せ、
大きな仕事をする事が出来たと、書いてあります。
たとえそれがどのようにマイナスに見える事でも、
だから駄目だと考えるのでは無く、
今の自分に出来る事に全力を集中すれば、
『変えられない運命までが、
変わらないままにより光彩を放つようになる』ことを、
松下氏は身をもって指し示し、教えて下さっていると・・・・・。
秋の夜長、テレビを消し、静かな中で読書が楽しみな今日この頃です。
( 現在日没時間 17時10分頃 随分と早くなりました。 お早めにお越し下さい。
湯ぶねで夕日を見ながらまったりと・・・。)
【ぼくには、あらゆる点において成功する要素というものはないわけや。
それがスーッとこうなったんやから面白いと思うんや。
今は新聞記者の人たちが、「経営の神様や」というて紹介している(笑)。
だからぼくは、これは運命としか考えられない。
過去の50年というものは、点数でいうならば、
1点から1万点になったというほどの差があるとぼくは思う。】
(昭和37年、松下氏67歳の時、若い研究員にふともらした感懐の一節)